最近、「フリーランス」や「個人事業主」として働く人が増えています。
しかし、この二つの言葉が具体的にどう違うのか、正確に理解している方は少ないかもしれません。
働き方の選択や手続きにおいて、この違いを知っておくことは非常に重要です。
この記事では、フリーランスと個人事業主の定義、法的な位置づけ、税金、社会保険、実務上の違いなどを詳しく解説し、両者の関係性を分かりやすく整理します。
この記事を読めば、あなたが独立して働く上で知っておくべき基本的な知識が身につき、ご自身の状況に合った働き方を選ぶためのヒントが得られるでしょう。
フリーランスと個人事業主:それぞれの定義と基本的な違い
まずは、それぞれの言葉が何を指しているのかを明確にします。
フリーランスとは?働き方を指す言葉
この言葉は、特定の会社や組織に所属せず、自分のスキルや知識を活かして独立して仕事をする「働き方」そのものを指します。
これは、企業と雇用契約を結ぶのではなく、プロジェクト単位で契約を結んで業務を遂行するスタイルです。
ライター、デザイナー、エンジニア、コンサルタントなど、様々な専門職の方がこの働き方を選んでいます。
フリーランスの大きな特徴は、仕事内容、働く時間、場所、契約する相手などを自分で自由に決められる点にあります。
重要なのは、日本の法律には「フリーランス」という言葉の明確な定義がない点です。
「従業員」や「個人事業主」とは異なり、「フリーランス」という名称自体が特定の法的権利や義務を直接伴うわけではありません。
個人事業主とは?税法上の区分を示す言葉
こちらは、会社(法人)を設立せずに、個人として事業を営む人を指す、日本の法律、特に税法上の「区分」です。
これは働き方ではなく、事業を行う上での法的な立場や税務上のステータスを示します。
個人事業主として認められるためには、原則として、事業を開始してから1ヶ月以内に、管轄の税務署へ「個人事業の開業・廃業等届出書」(通称:開業届)を提出する必要があります。
この手続きによって、税務上、正式な事業者として扱われるようになります。
根本的な違い:働き方 vs 法的な立場
つまり、「フリーランス」は仕事のスタイル(独立して、プロジェクトごとに働く)を指し、「個人事業主」は税法などにおける正式な区分(法人ではない事業を行う個人)を指します。
この二つは指している側面が異なります。
実際には、フリーランスという働き方を選んでいる人の多くが、税務署に開業届を提出して「個人事業主」としても登録しています。
したがって、一人の人が「フリーランスであり、かつ個人事業主である」ことは非常に一般的です。
両者は相反するものではなく、重なり合うことが多い概念と言えます。
しかし、この重なり合いが、両者の本質的な違いを分かりにくくしています。
日常会話では同じように使われることもありますが、税金の申告や公的な手続きなど、正式な場面ではこの違いを理解しておくことが大切です。
「フリーランス」という言葉には法的な裏付けがないため、これらの手続きは「個人事業主」という法的に認められた立場に基づいて行われることが一般的です。
なぜ違いを知る必要がある?法的手続きと税金の話
定義の違いが、実際の法的手続きや税金にどう影響するのかを解説します。
個人事業主になる手続き:開業届の提出
個人事業主として正式に活動するためには、開業届の提出が重要なステップとなります。
これは、事業を開始したことを税務署に知らせるための書類です。
提出先は、納税地を管轄する税務署です。提出期限は、原則として事業開始日から1ヶ月以内とされています。
開業届には、氏名、住所、納税地、屋号(任意でつけるビジネスネーム)、事業の概要などを記載します。
開業届を提出する大きなメリットの一つは、後述する「青色申告」という節税効果の高い税務申告方法を利用するための前提条件となることです。
多くのフリーランスが開業届を提出する主な理由はこの点にあります。
興味深いことに、開業届を提出しなくても直接的な罰則はありません。
しかし、提出しなければ青色申告の承認を受けることができないため、税制上のメリットを享受できません。
開業届を出さずにフリーランスとして働き、確定申告(白色申告)を行うこと自体はできますが、節税の機会を失うことになります。
税金の申告:青色申告と白色申告
フリーランスや個人事業主は、事業で得た所得に対して所得税を納める義務があります。
1年間の所得(総収入から必要経費や各種控除を差し引いたもの)を計算し、原則として翌年の2月16日から3月15日の間に「確定申告」を行う必要があります。
個人事業主の確定申告には、主に「青色申告」と「白色申告」の二つの方法があります。
- 白色申告: 開業届を出していない場合や、青色申告の申請をしていない場合の基本的な申告方法です。帳簿付けは比較的簡単ですが、特別な税制優遇はありません。
- 青色申告: 開業届を提出し、事前に「所得税の青色申告承認申請書」を提出して承認を受けることで利用できます。複式簿記による記帳などが必要ですが、大きな節税メリットがあります。
青色申告の主なメリットは以下の通りです。
- 青色申告特別控除: 最大65万円(または55万円、10万円)の所得控除を受けられます。これは課税対象となる所得を直接減らすため、節税効果が非常に高いです。
- 青色事業専従者給与: 生計を共にする家族に支払った給与を、一定の要件下で経費として計上できます。
- 純損失の繰越し・繰戻し: 事業で赤字が出た場合、その損失を最大3年間繰り越して将来の黒字と相殺したり、前年の黒字と相殺して税金の還付を受けたりできます。
青色申告(特に65万円/55万円控除)を利用するには、複式簿記での記帳や貸借対照表・損益計算書の作成が必要です。
これには会計知識や会計ソフトの利用が役立ちます。
青色申告と白色申告の比較
特徴 | 青色申告 (Aoiro Shinkoku) | 白色申告 (Shiroiro Shinkoku) |
利用資格 | 開業届提出 + 青色申告承認申請書の提出・承認 | 特段の申請不要(デフォルト) |
特別控除 | 最大65万円 / 55万円 / 10万円 | なし(基礎控除などは適用される) |
記帳方法 | 複式簿記(65/55万円控除)、単式簿記(10万円控除) | 単式簿記(記帳・帳簿保存は義務) |
損失繰越 | 3年間繰越可 | 不可 |
家族への給与 | 青色事業専従者給与として経費算入可(要件あり) | 原則不可(事業専従者控除はあり) |
申請期限 | あり(原則3月15日、新規開業時など例外あり) | なし |
事務負担 | 高い | 低い |
消費税とインボイス制度の影響
所得税に加えて、消費税の納税義務についても考慮が必要です。
原則として、前々年の課税売上高が1,000万円を超えると「課税事業者」となり、消費税を納める義務が生じます。1,000万円以下の場合は「免税事業者」となり、納税は免除されます。
しかし、2023年10月から始まった「インボイス制度(適格請求書等保存方式)」により状況が変わりました。
この制度では、取引先(買い手)が仕入税額控除(支払った消費税分を差し引くこと)を受けるためには、原則として「適格請求書(インボイス)」が必要です。
そして、インボイスを発行できるのは、税務署に登録した「適格請求書発行事業者」だけであり、登録すると自動的に消費税の課税事業者になります。
これにより、これまで免税事業者だったフリーランスや個人事業主も、取引先(特に課税事業者)からインボイスの発行を求められるケースが増えています。
インボイスを発行できないと、取引先が仕入税額控除を受けられず、取引の見直しや価格交渉につながる恐れがあります。
そのため、売上高が1,000万円以下でも、取引維持のために自らインボイス登録を行い、課税事業者になる選択をする人が増えています。
社会保険はどうなる?会社員との比較
独立して働く際の社会保険(健康保険・年金)について説明します。会社員とは制度が異なります。
国民健康保険への加入義務
会社員やその扶養家族でない限り、日本に住むフリーランスや個人事業主は、原則として市区町村が運営する「国民健康保険(国保)」に加入しなければなりません。
国保に加入することで、病気や怪我の際の医療費の自己負担が原則3割になります。
保険料は、前年の所得や世帯の加入者数などに基づいて計算され、住んでいる市区町村によって異なります。
会社員が加入する健康保険(協会けんぽや組合健保)では会社が保険料の半分を負担しますが、国保は全額自己負担です。
そのため、所得によっては保険料が大きな負担となる場合があります。
国民年金への加入義務
健康保険と同様に、日本に住む20歳以上60歳未満の人は国民年金に加入する義務があります。
フリーランスや個人事業主は「第1号被保険者」として国民年金に加入します。
国民年金は、老後の基礎的な年金(老齢基礎年金)や、障害・死亡時の保障を提供する制度です。
保険料は所得に関わらず一定額(毎年見直されます)で、全額自己負担です。
ただし、国民年金から支給される老齢基礎年金だけでは、会社員が厚生年金からも受け取る年金に比べて、将来の受給額は一般的に少なくなります。
このため、フリーランスや個人事業主は、iDeCo(個人型確定拠出年金)や国民年金基金などを活用し、自分で老後の資金準備を厚くすることが推奨されます。
会社員の社会保険との主な違い【表で比較】
会社員が加入する社会保険との主な違いをまとめます。
比較項目 | フリーランス・個人事業主 | 会社員(正社員など) |
健康保険 | 国民健康保険(国保) | 健康保険(協会けんぽ、組合健保など) |
年金 | 国民年金(第1号被保険者) | 国民年金+厚生年金(第2号被保険者) |
保険料負担 | 全額自己負担 | 労使折半(会社が半分負担) |
年金受給額 | 老齢基礎年金のみ(一般的に少ない) | 老齢基礎年金+老齢厚生年金(一般的に多い) |
傷病手当金 | 原則なし(一部国保組合では任意給付あり) | あり |
扶養の概念 | なし(世帯単位で国保加入) | あり(被扶養者は保険料負担なし) |
このように、社会保険の仕組みは会社員と大きく異なります。
特に保険料の全額自己負担と、老後の年金額の違いは、フリーランスや個人事業主にとって重要なポイントです。
将来設計において、公的制度だけでなく、自助努力による備えがより求められます。
仕事や信用度における違い:実務上の側面
働き方や法的な違いが、実際のビジネスシーンでどう影響するかを見ていきます。
仕事の獲得と契約形態
フリーランスや個人事業主が仕事を得る方法は様々です。
クラウドソーシングサイトやエージェントの利用、自身のウェブサイトやSNS、人脈を通じた営業や紹介などが一般的です。
クライアントとの契約では「業務委託契約」が多く用いられます。
これは、仕事の完成を目的とする「請負契約」や、業務の遂行自体を目的とする「(準)委任契約」の性質を持つ契約の総称です。
例えば、ロゴ制作なら請負、システム保守なら準委任といった形です。
重要なのは、フリーランスや個人事業主は労働基準法などの保護対象となる「労働者」ではなく、「事業者」として扱われる点です。
雇用契約ではないため、労働時間や休暇に関する法的な保護は限定的です。
そのため、契約を結ぶ際には、業務範囲、納期、報酬、知的財産権の帰属などを明確にした契約書を作成し、双方で保管することがトラブル防止のために不可欠です。
社会的な信用度:「フリーランス」と「個人事業主」
一般的に、開業届を提出して正式に「個人事業主」として登録されている方が、単に「フリーランス」と名乗っている場合よりも、社会的な信用度が高いと見なされる傾向があります。
公的な手続きを経ていることが、事業への真剣さや継続性の表れと受け取られるためです。
個人事業主は、届け出た屋号(ビジネスネーム)で銀行口座(屋号付き口座)を開設できる場合があります。
個人名義ではなく事業用の口座で取引することで、プロフェッショナルな印象を与え、経理処理もしやすくなります。
青色申告を行っていることも信用度を高める要因になり得ます。
複式簿記による正確な会計処理は、金融機関の融資審査などで、事業の透明性や管理能力を示す好材料となることがあります。
もちろん、個人事業主であっても、法人や正社員と比較すると、融資や大規模な契約獲得でハードルが高い場面もあります。
しかし、非公式に活動するフリーランスと比べれば、個人事業主としての登録はビジネス上の利点につながる可能性があります。
結局、フリーランスと個人事業主はどういう関係?
これまでの内容を整理し、両者の関係性を明確にします。
「フリーランス」かつ「個人事業主」が一般的
結論として、「フリーランス」は働き方のスタイル、「個人事業主」は法的な区分を指します。
そして、日本でフリーランスとして本格的に事業を行う人の多くが、開業届を提出して「個人事業主」になっています。
両者は排他的な関係ではなく、多くの場合「フリーランスであり、かつ個人事業主である」という状態です。
開業届を出さずにフリーランスとして活動することもできますが、継続的に収入がある場合、青色申告のメリットを考えると個人事業主として登録する方が有利なことが多いでしょう。
フリーランスと個人事業主の違いまとめ【一覧表】
主な違いを一覧表にまとめました。
特徴 | フリーランス(概念・働き方として) | 個人事業主(法的・税務上の地位として) |
主な意味 | どのように働くか(独立、プロジェクトベース) | 税務・事業上の登録区分 |
法的定義 | 特になし | あり(個人で事業を営む者) |
正式な要件 | なし | 開業届の提出 |
デフォルトの税務申告 | 白色申告(未登録の場合、事業所得または雑所得) | 白色申告(青色申告を選択できる) |
青色申告の利用 | 不可(個人事業主として登録しない限り) | 可能(要申請・承認) |
社会保険 | 国民健康保険・国民年金に加入(該当する場合) | 国民健康保険・国民年金に加入(該当する場合) |
屋号付き銀行口座 | 不可(個人名義口座を使用) | 可能(要届出) |
社会的信用度 | 変動あり、相対的に低い傾向 | 未登録の場合より一般的に高い |
事業上の責任 | 個人の無限責任 | 個人の無限責任 |
この表を見ると、フリーランスという働き方の自由さと、個人事業主という法制度上の枠組みの関係性がよりクリアになるでしょう。
個人事業主になるメリット・デメリット
個人事業主として活動する際の利点と課題点を整理します。
メリット:税制優遇、信用向上、自由度
個人事業主として登録し、特に青色申告を行うことには、いくつかの明確なメリットがあります。
- 税務上の効率性: 青色申告特別控除(最大65万円)、損失の繰越、家族への給与の経費算入など、様々な税制優遇措置を受けられます。これにより手取り収入を増やせる可能性があります。
- 社会的信用度の向上: 開業届の提出、屋号付き口座の利用、青色申告の実践は、取引先や金融機関からの信用を高めるのに役立ちます。融資や新規取引で有利になることがあります。
- 柔軟性と自律性: フリーランスとしての働き方の本質でもありますが、仕事内容、時間、場所などを自分でコントロールできる自由度は大きな魅力です。
- 設立・運営の簡便性(法人比較): 会社設立に比べて手続きが簡単で、費用もほとんどかかりません。運営上の事務負担やコストも一般的に少なくて済みます。
デメリット:事務負担、無限責任、収入不安定、社会保険、福利厚生なし
一方で、個人事業主・フリーランスとして活動するには、以下のような課題や注意点も存在します。
- 事務負担の増加: 帳簿付け(特に青色申告)、確定申告、請求書発行、契約管理など、事業運営に関わる事務作業を自分で行う必要があります。消費税の申告・納税が必要になる場合もあります。
- 無限責任: 事業で負債が発生した場合、個人の財産全体で返済する責任を負います。これは法人(有限責任)との大きな違いです。
- 収入の不安定性: 毎月決まった給与が保証されているわけではなく、仕事の状況によって収入が変動するリスクがあります。
- 社会保険料の負担と保障: 国民健康保険料・国民年金保険料は全額自己負担です。所得によっては大きな負担になります。将来受け取る公的年金額も、厚生年金のある会社員より一般的に少なくなります。
- 信用度の限界(法人・正社員比較): 個人事業主としての信用は向上しますが、法人や正社員と比較すると、高額な融資や大企業との継続的な取引などでは依然として不利な場合があります。
- 従業員としての福利厚生の欠如: 有給休暇、雇用保険、労災保険(特別加入を除く)、退職金、住宅手当などの福利厚生は基本的にありません。
まとめ:自分に合った働き方を見つけるために
この記事では、「フリーランス」と「個人事業主」の違いについて、定義から法的手続き、税金、社会保険、実務上の側面まで幅広く解説しました。
「フリーランス」は独立した働き方を指す言葉、「個人事業主」は日本の法制度における事業者の区分です。
そして、多くのフリーランスが、税制上のメリットや社会的信用を得るために「個人事業主」として登録し活動しています。
重要なのは、「フリーランス」か「個人事業主」かという二者択一ではなく、ご自身の事業規模や状況、将来設計に合わせて、個人事業主として開業届を出すか、さらに青色申告を行うかなどを判断することです。
- 事業収入がある程度見込めるか? → 青色申告のメリットが大きい
- 取引先からインボイスを求められるか? → 課税事業者(インボイス発行事業者)登録を検討
- 事務作業にどれだけ時間を割けるか? → 青色申告(特に65/55万円控除)は手間がかかる
- 社会的信用をどの程度重視するか? → 開業届提出や屋号付き口座が有利
これらの点を考慮し、ご自身にとって最適な働き方を選択することが大切です。
税金や社会保険の手続きは複雑な場合もあるため、不安な点や判断に迷うことがあれば、税理士などの専門家に相談することも有効な手段です。
フリーランスや個人事業主という働き方は、自由度が高い反面、自己管理と計画性が求められます。
制度を正しく理解し、メリット・デメリットを把握した上で、あなたらしい自律的なキャリアを築いていってください。